「俺はしばらく母屋で話をしてくるから、貴一はここで和乃の相手をしてやってくれ」





そんなことを言われてもなあ。
相棒の蛮乃に言われ、その息子の和乃に招き入れられた離れの建物。
あまり広くないその部屋の隅には布団が畳んで置かれていて、机や本棚、箪笥などの家具も揃っている。
ここが和乃の部屋か…
「上流階級のおぼっちゃんにしては狭い部屋に住んどんにゃなぁ」
和乃からきれいな座布団に座るように促され、そこに座って部屋を見渡す。
わてが呟くと、和乃はきょとんとした顔でこちらを見た。
「……えっと…」
「…方言とか訛りはまだ分からない?」
標準の大陸語。
田舎の出で、しかもせっかちで早口なわてには少し面倒なんだが。
問いかけると、和乃は少し間を置いたあと、こくんと頷いた。
「まだ、勉強が足りません」
「いや、わても倭国の言葉は分からないし」
「……わて」
「私、とか俺って意味」
またきょとんとした和乃に苦笑して答える。
意味を理解して微笑む和乃。
「勉強になりました
『わて』はどのくらいの割合で使われている一人称なんですか?」
「ごく一部かなぁ」
一人称で分かったのか。
わざわざ例えを出して言う必要なんてなかったじゃないか
「へぇ…」
わての答えを聞いた和乃は小さく頷きながら何かを考えている。
「和乃は一人でここで暮らしとん…暮らしてるの?寂しくない?」
蛮乃の話では、和乃は生まれつき体が弱く、家族や使用人から病気がうつらないようにと
部屋からもあまり出してもらえないと聞いた。
この部屋で和乃以外の人間や動物が生活しているふうには見えないし…
「はい、私はここで生活しています。
ですが、母屋にお母さまやおじいさまや使用人さんたちがいますから、寂しくありません。」
「けどあんたはここで一人で寝てるんやろ?」
「…? はい」
首を傾げながら答える和乃。
本当に寂しくないのか?
「毎日何をして過ごしてる?体調のいい時は」
「家庭教師の先生に勉強を教わったり、読書をしています」
「一日中?」
「あとは空を眺めたり、お庭を少し歩いたりしています
人に見つかると怒られるので、少しだけですけど」
嬉しそうな笑顔。
庭を歩くだけで怒られるって、どうなんだろう。
いくら体が弱いからってやりすぎなんじゃないか?
あまり閉じ込めていたら、逆に体が弱りそうだ。
「貴一さんはお仕事がない日は何をして過ごしていますか?」
「あー…わても最近は勉強かな
副隊長に就任したばっかりで、覚えることがたくさんあるし」
勉強…って言っても ダラダラベッドやソファに寝転がって本や資料を読んでるだけなんだが。
わての答えを聞いて、和乃は感心した顔でわてを見る。
「その歳で副隊長なんて、あなたはすごい人なんですね」
「いやあ…」
褒められるのは悪くない。
自国じゃ未熟者!って怒られてばっかりだしな。
しかし、あまりにもキラキラした目で見られて少し罪悪感がある。
…嘘はついてない。
少し気まずくなって目を逸らす。

「………」
話題がない。
しばらく和乃に仕事や大陸の話を聞かれて答えていたが、それもずっと続くものではない。
和乃から、西大陸語を教えてほしいと言われて見てみるものの
こっちが倭国語を解せないからどうもうまくいかない。
「貴一さん」
「ん?」
ぼうっとしていた時に話しかけられて少し驚く。
「倭国の海はきれいですか?」
「ん?…あー そうかな」
大陸からは船で来たが、ちゃんとは見ていなかった。
海よりも陸地の風景を見ていたし。
「大陸の海とは違いますか?」
「陸の景色以外は変わらないと思う」
「へぇ… では空も同じですか?」
そう問いかけられ、正面の窓から空を見上げる。
白い雲に真っ青の空
「どうやろなぁ」
大陸の空なんて真面目に見ていないし、覚えてないな
「…分かりませんか?」
「空なんてわざわざ見ようと思わんからな」
そう言うと、和乃はわてのほうを見てにこっと笑った。
「そうですか」
「……」
何なんだろう。
和乃の考えていることはよく分からない。
国民性なのか、和乃の性格なのかは分からないが、へんなやつだ。
…蛮乃も話が通じないところがあるから、遺伝かもしれないな。
「…見てて楽しい? 空。」
「はい」
「………」
それと、こいつはもうちょっと会話をする努力をしてくれないかな
ずっと一人でいるから、一人遊びや暇な時間に慣れているんだろうけど
こっちは一日中でも喋っていたいタチだからとても居心地が悪い。
人と話をするのも疲れるんだろうか。
「私も、何にも囲われていない景色が見たい」
「…は」
ん?
意味が分からなかった。
何か似た言葉と間違えたか?
和乃は持っていた筆を置くと、目を細めて窓の外へ視線を向けた。
「私はいつもこの窓から外を見ていて、我慢できずに部屋から出ました。
けれど、部屋の外には更に大きなわくがあって
ひとにお屋敷の外の写真を頼んでも、やはりそこには枠がありました。
病弱な私を守るためのものだとは分かっていますが
外は私の往けない世界なのだと思い知らされているようで
とても寂しい」
「………」
「…大陸語は難しいです。私が言っている意味は伝わりますか?」
「…ああ」
「よかった」
にこっと微笑む和乃。
「ちょっと来てみ」
「え?」
和乃の手を引いて部屋から出る。


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