「お帰りなさい 任務ご苦労様です」
本部に帰ると、正門の前に立っていたスヴェルが俺たちに言った。
グェントはそのまま無視。
俺は軽く頭を下げて玄関へ向かった。

…本部A棟の最上階…
俺たちはそこの隊長室へ呼ばれた。
隊長室はA棟の玄関からずっと進み、二つ並んでいるエレベーターのうち左側で上がった先にある。
他のエレベーターや階段では最上階までいけないらしい。
グェントが試させてくれないから本当なのかどうかは分からないんだけど。
「あ、え?」
思っていたのと違う方向へグェントは歩いていく。
「ちょっ、そっちからじゃエレベーター……」
「便所」
「あ…」
ちょっと話してくれたらいいのに。
俺は半分引きずられながらトイレまで向かい、入り口の脇の壁にもたれて出てくるのを待った。

「う…っ…げぇっ…げほっ」
空っぽの腹からこみ上げる胃液。
その頃、グェントは手洗い場の台に手をつき、戻していた。
めいっぱいひねられた水道の蛇口からは勢いよく水が流れ出している。
落ち着くと口を拭い、目の前の鏡を見た。
「……。
(やはり俺も影響されるか……
俺はどうすればいい ミ・ミ……)」

「(遅い…)」
俺は壁を伝ってしゃがみ込み、自分のチョーカーに付いている鈴を弄る。
 俺がこの隊に入隊して本部で生活し始めてからもう3ヶ月が経つが、
いまだにB棟にある自分の部屋までの道のりが覚えられない。
ちょっと気を抜けば、すぐに迷ってしまうくらい広いんだ。
 A棟には、隊長室とスウィーパーの共同施設がある。
食堂、図書館、資料室、研究所、大浴場やジム、完全防音の音楽室などなど
グェントが人の集まる所を嫌うから、食堂以外はあんまり行った事はないけど。
因みにB棟、C棟は隊員の寮になっている。
一部は外から通っているが、大体みんなここで暮らしている。
大型のスヴェルのために広く作られた部屋や、小型のスヴェルのための小さめの部屋もある。
俺とグェントの部屋は、普通の二人部屋だ。
あんまり綺麗に使ってないけど。

「おかえり」
やっとトイレから出てきたグェントに声をかけるが、やはり無視された。
さっさと歩いていってしまうグェントを慌てて追い
既にドアの開いていた左側のエレベーターに乗り込む。
普通の街の公共施設ならエレベーターガール…なんだろうが、
ここではツマという名前のひょろ長いスヴェルが同乗している。
ゆっくりとボックスが止まり、ツマがこっちを振り向いた。
正直、どっちを向いてもあまり変わりがない。
「ツきまヒた。」
「いつもご苦労さま」
無言で出て行くグェントのかわりに俺が声をかける。
ツマは頭を下げ、俺らが下りたのを確認するとエレベーターのドアを閉めた。
しんと静まり返っている階層。
この階には隊長室と、隊長とそのパートナーしか立ち入りが許されていない資料室
そして武器庫しかなく 人の出入りが少ないからだ。
俺とグェントの靴音だけが響く。

グェントは進んだ先の大きな木製の扉をノックし、ゆっくりと開いた。
部屋の中では淡い茶髪の小柄な男が正面の机に座り、その後ろには銀狐のスヴェルが立っている。
リゼン地区スウィーパー隊隊長の氷室和乃と、そのパートナー、貴一だ。
隊長は確か…倭国の人間だ。
癖のないシンプルな顔立ち。
それでも、綺麗に整っていて凛とした華やかさがある。
 普通スウィーパーの隊長はその国の人間が務めるものなのだが、
氷室隊長は父親がリゼン人だという事、それと副隊長でもある貴一さんの強い薦めで特別に許可されたとか。
「お帰りなさい。グェント君、ルリス君。ご無事で何よりです」
ほのぼのとした笑顔でそう言った隊長。
隊長は総隊長の次…リゼン地区のスウィーパーで一番偉いのに、いつも敬語だ。
グェントは一度隊長に視線を向け、机の前に並べられた3人がけのソファにどっかと座った。
「話は貴一から聞きました。
駆除手配No.Liz-S-84デュルァと接触したそうですね。
ルリス君の傷の具合はいかがですか?」
「あ…大丈夫、です。
大したことありません」
突然話を振られ、俺はなれない敬語で返事をする。
傷…。目が覚めたときにはほとんど治っていた。
日常生活くらいなら別に問題ないだろう。
「それは良かった。」
「ちょい待ち」
低い声にどきっとする。
貴一さんのつりあがった銀と金の目が俺をじっと見つめていた。
「大した事ないわけあらへんやろ
『心臓をえぐられた』て聞いとんで」
「………それは…」
ミ・ミが俺を…
「貴一 時間の無駄だ。
話がないなら帰る。疲れてるんだ」
うわー…グェント……上司に平気で喧嘩売ってる。
医療行為でないあのような形で人の命を使い、他の命を助ける事は許される事じゃないから
仕方ないのかもしれないけど。
グェントは正面のテーブルに足を乗せ、だるそうに貴一さんを睨んだ。

「すみません
今のは貴一が悪いです。」
また言い返そうと口を開いた貴一を抑制し、隊長は立ち上がった。
「その話はまた今度ゆっくりしましょう。
こちらの話はですね…」
俺たちが座るソファの向かい側のソファに座り、
クリップで留められた資料を差し出した。
「以前に二度グェント君に頼まれた時はお断りしましたが
デュルァに殺害されたスウィーパーのリスト、最近の目撃情報と一部の資料です。
本当は対象とレベルのつりあわないあなたたちにこの情報を与える事はできないのですが
お二人の健康状態が良好である事、任務に貴一を同行させる事の二つを条件に お渡しします。」
グェントは目を見開いた。
「どうしてですか?あの時は話を聞いてもくれなかったのに…」
「ええ、三年前のあなたはひどく取り乱していましたし、弱かった。
二度目の四ヶ月前はこれといったパートナーがいなかったでしょう?
もちろん、今のあなたたちでも彼のレベルには追いついていません。
ですが デュルァと接触して『生きている』のは500人以上の被害者の中であなたたち二人だけ。」
500人……そんなに人を恨んでるのか…?
頭の中にデュルァの姿が浮かぶ。
忘れられないあの目。
「傷が痛むのですか?ルリス君」
隊長に名前を呼ばれ、一気に意識が引き戻される。
思わずビクッと飛び跳ねてしまった。
「わっ す、すみません大丈夫です!
ちょっと考え事をしていて…」
「いえ、傷の具合も気になりますので
一度医務室へ行ってください、そう言っただけです。」
「はいっ」
隊長の笑顔にほっとする。
「今日はお疲れの所お呼び立てしてしまってすみません
ゆっくり休んでくださいね」
さっさと立ち上がり、ドアの方へ向かったグェントについていく。
俺は部屋を出る前に深く頭を下げ、大きな扉を閉めた。

「和乃」
足音が離れていったのを確認すると 貴一さんが口を開いた。
「さっきの話…条件て何やねん。
わては何も聞いてへんで」
「ええ、貴一の手を煩わせるつもりはありません。
今はルリス君が怪我をしていますし、もし治ったとしても
グェント君はどう頑張っても『健康』にはなれない」
隊長はテーブルに置いていたデュルァの資料を手に取ると、貴一さんの目の前に立った。
その言葉に、貴一さんは眉を寄せる。
「これくらいで彼が諦めるとは思いませんが
押しかけてこられる前に…ね。」
「…………さいか」
じっと自分の目を見つめてくる隊長から視線を逸らし、貴一さんは腕を組んだ。

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