汽車に乗り、ダリアティアまで行く。
汽車は汽笛を鳴らすとゆっくりと動き出した。
駅に降りてもグェントは隊長から渡された資料を睨みつけたままだ。
いつも静かなグェントだが、今日はいつにも増して静か…というか、不機嫌。
そして、超爽やかな笑顔を浮かべて後ろに立っている 鎌を持ったでかい狐。
貴一さんがついてきてくれるのは心強いけど、かなり威圧される。
笑っていない時は本当に怖いし。
「仕事ン前に、アマネはんの墓参り行こうや」
「…。」
貴一さんがそう言った途端、グェントがぐしゃりと資料を握った。
どうして貴一さんはそんなに墓参りに行きたいんだろう…
グェントは嫌がってるのに。
「自分の子ォが会いに来てくれへんのって、結構辛いねんで。」
「……アマネって…グェントのお母さん?」
自分の母親が悪魔化するなんて……。
「グェント、お母さんの墓参りはした方が…「行かねぇっつってんだろ!」
声を張り上げたグェントに驚く。
ズカズカと歩き出し、俺は慌ててグェントの背中を追いかける。

「顔見せるんは、どこにおるかも分からん父親に復讐してから………

なんて、考えてるんやないやろな」
少しトーンの下がった声で貴一さんは言った。
父親に復讐…?
グェントは足を止めないでそのまま口を開く。
「今日は任務で来てるんだ」
「…ふーん…ほな、わては寄ってから行くわ。
先行っとり。気ィつけて。」
俺とグェントは現場に向かい、貴一さんは村の外れの墓地へ行く事になった。
貴一さんは俺たちを見送った後、自分の目的地へと歩を進めた。





昼なのに薄暗い森。
行方不明者が出るようになってから人の出入りがなくなり、手入れされていないんだろう。
遊歩道だっただろう道も荒れてしまっている。
…何でだろ…来たことはないはずなのに見覚えがある。
何か、すごく悲しい…。
「わ、血だ」
思わずグェントの服を掴み、血痕から離れる。
大きな岩に人型に飛び散っている血痕。
岩の下には腐敗した人間の死体…
胸が締め付けられる。
…ついこの間までは、俺もこうして悦んでたんだよな…。
「!!」
グェントの背中にくっついたままで居ると、突然グェントが腰の銃を手に取り、構えた!
反射的に俺も攻撃態勢をとる。
グェントの足元には明るいピンク色の髪の女が散弾銃をグェントに突きつけていた。
外見は20代いくかいかないか、それくらいだ。
女の左腕にある傷。
怪我をしてからどれくらいの時間が経っているのかは分からないが
深く開いてしまい、腕からは未だ血が流れ出している。
体中にも無数の細かい傷が…
「ぐ…グェント…!?」
「…」
女が銃を下ろしたのを確認し、グェントは自分の銃を腰にしまった。
「生きていたのか、ミシナ」
「…?」
ミシナ…たしか隊長から貰った資料の中に名前が…
契約の鎖も見えるし、この人もスウィーパーか。
「ポチはどうした。」
「…きっと…殺されたわ……」
ミシナは俯き、持っていた銃を強く握る。
「ここは駄目よ、来てはいけない
あんたたちもポチみたいに殺されてしまうわ!」
ポチ…。
ミシナのパートナーか?変な名前…
「男を犠牲にして逃げるのか
お前はそんな事はしないと思っていた」
「グェント!」
慌てて口を塞ごうとするが、全部言ってしまった後だった。
ミシナは唇を噛み、今にも零れ落ちようとする涙を堪えるが…
「………だって…
あたしだって逃げたくなかった…
あたしに『人を守れる力』があれば あたしがポチを守ったのに!」
ミシナは強く拳を握り締める。
傷だらけの脚に次々に涙が落ちていく。
「自分が奴を引き付けるからお前は逃げろって…
そんな事を言ったのよ あいつ……
けどあ…ッ………」
ミシナは何かを話しかけたが、止めた。
両手で自分の口を塞ぎ、下を向く。
「誰と戦っていた。
(デュルァなら、ミシナだけを生き残らせるはずがない。)
そいつと会った所まで案内しろ」
「え…?」
「駆除する。」
グェントはそう言うと、ミシナの脇を抜けて先を行く。
「グェント…?」
「ありがとうグェント
情けない所を見せてしまってごめんなさい」
目元を拭ったミシナの目にもう涙は無い。
覚悟を決め、きりっと力の入ったミシナの表情。
「あいつのためにも
『亘理』の首、必ず取って帰って見せるわ」
…よく分からないけど
ミシナの鎖が残っているからポチって人は死んでいないかもしれない。
けど……………
「ルリス君、よね?
話は聞いているわ」
「初めまして」
軽く頭を下げる。
…この胸が締め付けられるような感覚。
それがなければ、背後に居た者に俺は気付いていたかもしれない。



ざあっと生暖かい風が強く吹き付ける。
「…嫌な風やな…。」
アマネの墓の前に立っていた貴一さんは
手に持っていたダリアの花束をそこに置いた。
「あん時と同じや。
あんたが死んで、わてらがあいつを拾うた時と」



「ちょっとお兄さんたち。
悪いんだけど、このお花をこの先を右に曲がった所にあるスイってお宅に届けて貰えないかしら?
そこのお宅の息子さんが誕生日でね、今日届ける約束なのだけど
私、足を痛めてしまって…」
「良いですよ」
突然、花屋の前で引き止められる。
店内には溢れるほどに沢山の、色とりどりの植物が並べられていた。
自分の隣に居た男、和乃は笑顔でダリアの花束を受け取る。
店にいた女はずっと椅子に座ったままで、隣には木製の杖が立てかけられていた。
この店は大通りをひとつ外れた人通りの少ない通りにある。
人が通るのをずっと待っていたのだろうか。
「お大事に」
和乃はそう言い、女ににっこりと微笑みかけた。
女は照れくさそうに「お願いします」と呟く。

「仕事ン途中でお使いなんて頼まれんなや」
「いいじゃないですか。これも人助けです。」
どこまでいい奴なんだ、と思う。
こっちは今、駆除手配スヴェルの捜索で忙しいって言うのに。
その時、ざあっと勢いよく村に風が吹きぬけた。
もう冬が近いというのに生暖かい風。
和乃が持っていた花束の花びらがその風にさらわれて飛んでいく。
「すごい風ですね」


「………誰だよ お前ら」
目的の家に着き、出てきたのはまだ17,8の少年だった。
学校の制服…だろうか。白い服に赤いチョーカーが映える。
気持ち悪いくらいに美しい金髪に碧眼。線が細く、美少年だ。
……しかし、その少年の顔や服には おびただしい量の血液が付着している。
「な…何があってん…」
「リゼン地区スウィーパー隊隊長の氷室和乃です。
これは、あなたが一人で?」
部屋中…机に置かれた豪華な食事やケーキにまで飛び散った血液。
そして部屋の奥に倒れている変形した女の死体。
手足は細長く伸び、背中には黒い翼のような『もの』が未だ蠢いていた。
目は目玉が零れ落ちんばかりに見開かれ、口は頬まで裂けている。
女の体には複数の穴が開いており 少年の手には銃が握られていた。

「ああ」
少年は淡々と答える。
「そっちは…」
「………母親」



「………」
瞑っていた目をゆっくりと開き、苦笑いを浮かべた。
「ちいとも忘れられへんわ…4年も前のことやのに」
墓に向かって語りかけるように話す。
「………殺生なな」





「どうして…?
こっちに来たはずなのに……」
「崖だな」
先頭を歩いていたミシナは切り立った崖が見えた途端足を止めた。
そこにも確かに、あちこちに血が飛び散っている。
まだ新しい。
…ミシナの鎖は途中で途切れてしまっている。
切り離されてしまったという事なのだろうか
「まさか…」
「…大丈夫?」
銃を持つ手がガタガタと震えているのに気付き、声をかける。
「…大丈夫よ…」
「……」
無理をしているのが見なくても分かる。
グェントは小さくため息をついた。
「――……」
俺が何かの気配に気付いて振り返った時、強い風が吹きぬけた。
この季節に似合わない生暖かい風。
思わず目を瞑り、次に開いた時には 景色が変わっていた。
「…!?」
俺もそうだが、グェントもミシナも言葉を無くす。
ついさっきまで青々と茂っていたはずの木は葉一枚残さず落ち、
雪が積もり 息も白い。まるで冬だ。
吹く風が冷たく、辺りも薄暗い。
「ぽ…ポチ…!?」
俺の隣にいたミシナが叫んだ。
ついさっき歩いてきた道。
そこをこっちに向かって歩いてくる男。
深くかぶった黒いキャスケットから覗く赤毛。
手にはミシナと同じ形の銃が持たれている。
「冗談が過ぎるぜ……」
ポチと呼ばれた男は一歩踏み込んだかと思うと
瞬時にミシナの目の前まで来ていた!
この身体能力…本当に人間のものか…!?
「あぐっ!!」
ポチはミシナの胸元を駆け込んできた勢いのまま蹴り飛ばし、銃を手放させる。
そのまま地面に踏みつけ、自分が持っていた銃をミシナの額に押し付けた。
またグェントと俺も武器を取り、ポチの後頭部と首に突きつけている。
ポチが少し動き、突きつけられていた俺の爪が首に食い込む。
「ははっ
君が誰かは知らないけど ぼくの邪魔をしないでくれるかな!」
ポチは笑う。
「(邪魔…?しかもさっきの冗談って…)」
次の瞬間、3つの銃声。
肩に激痛が走った。
「…ちっ」
二つはポチが今両手に握っている散弾銃とデリンジャーから発射されたもの
一つはグェントの銃のものだ。
グェントの銃弾はポチには当たっていない。
グェントに向けて放たれた銃弾も、グェントの頬を掠めただけだ。
俺が体勢を崩した隙をついてポチはその場から離れた。
かぶっていたキャスケットが飛び、顔の全貌が露になる。
「…!」
普通の人間だ。歳も俺やグェントとそれほど違いないだろう。
グェントはその際に二度発砲したが ポチの素早さに掠りもしない。
「ゲホッ!が…っ!」
解放されたミシナは苦しそうにせきをする。
俺が銃弾が貫通した左肩を押さえた時、ポチが俺の方に飛び込んできた。
俺は突き飛ばされ、勢いよく背中を地面に叩きつける。
それに引っ張られたグェントまでもが体勢を崩す…
「いくらニセモンでも、仲間だち殺すぼくの身にもなれっつーの…」
あれ…この人……
ポチは起き上がろうとした俺に近づき、額に銃を突きつける。
グェントもポチに銃を向けているが この距離だともし命中しても
俺は無事ではすまない。

「ポチ!!」

ポチが体勢を崩す。
ポチはそのまま転倒し、目の前にはピンク色の長髪がなびいた。
ミシナだ…!
ミシナは足でポチの両腕を押さえ、ポチが俺を撃った時に使った銃をポチの首元に押し当てていた。
「どうして…どうしてこんな事…!」

「何やってんねや、お子様たち。」

「!!」
ざくざくと雪を踏み、現れたのは貴一さんだった。
一瞬ポチと同じような状態になっているのかと思ったが、至って普段と変わらない。
銃の引き金を引きかけたミシナが目を見開く。
「まぁ、皆して幻術にかかっとる…って所やろな」
「(幻術…!)」
貴一さんはそう言うと背中から鎌を抜き、構えた。
「き…貴一さん?!」
ミシナとポチが困惑の表情を浮かべる。
やっぱり…!
ポチは俺たちを幻だと勘違いしていただけだ!
鎌が振り下ろされる。
ザンッと音を立てて、風景が青い森に変わった。
鬱蒼と生い茂る草木…この気温。匂いもさっきまでの森に違いない。
地面に突き立てられた鎌。
貴一さんの足元の、血で描かれた紋章陣のようなものを裂いていた。
貴一さんが鎌を抜いた瞬間、貴一さんの腕にパチパチと電気が走る。
その電気は一気に激しくなっていく。
「あかん!逃げろ!!!」

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