あの事件から既に2年が経った。
今日の午前10時、亘理の釈放になる。1時間後だ。
「なぁ和乃」
「はい?」
わては隊長室のソファに寝転がったまま、いつもの席で書類に目を通している和乃に声をかけた。
「今頃こんな事聞くんもなんやと思うけど…あんた、あの時どんなかこ見た?」
和乃はあの時…亘理の術が発動された時近くに居た。
己が持つ最大の『罪』や『後悔』を読み取り、強制的に想起させる…
きっと和乃も白の空間に行っただろう。
そう思って問いかけたのだが、和乃は屈託ない笑顔で答えた。
「あなたと同じですよ。」







大勢のヒトでごった返す港。
わてらの視線の先にはたった今着いたばかりの和国の船が停泊している。
「うー…暑い………なぁー…わざわざうちらが迎えに来ることあらへんやんかー
暇な隊員仰山おるんやさかい、そっちにこさしたら…」
「なら貴一、お前は先に戻っていて良いぞ?
俺は父の勇姿を見るために、初めて一人で船に乗ってきた愛息子をこの手に抱くまでは絶対に帰らん!」
「…………隊員が見よったら泣くで」
わざわざココまで来ておいて何もせずこのまま帰る方が時間の無駄だ。
…わてと話しているのはこの国、リゼンのスウィーパー隊隊長の氷室蛮乃。
わては今にも船の昇降口に向かって走り出さんとする蛮乃の着物の裾を掴んで制止する。
蛮乃がこんなにも会いたがる息子の名は『和乃』。今年で24歳になるはずだ。
まあわても5年前、最後に倭国で会った体が弱くてチビでやせっぽっちな和乃がどこまで成長しているか
気になっていたりもするのだが。
いつからだったかは忘れたが、倭国でスウィーパーをはじめたと言っていたから
まあまあ男らしくなってるんじゃないだろうか、と思う。
相変わらずだったら蛮乃の見ていないところでちょっといじめてやろう。
「あ!和乃だ!和乃が出てきた!行くぞ貴一!」
「ちょっ!待ちィ!」
人間はこんな離れた場所から確認できるのか…?



「…ただの親馬鹿か」
和乃は蛮乃の腕からやっと解放され、乱れた洋服を調える。
「よく一人で来られたな!もう大人なんだな和乃は!!」
「成人した男に言う台詞やあらへんで」
「お前に言ってない!」
「…ひどいな」
うん…それにしても…細い。細すぎる。
最後にあった頃よりは背も伸びているし心なしか男らしくなっているようにも思えるが、
それでもスウィーパーの体つきではない。
スウィーパーだと女でもそこそこいい体をしているのに。
「パートナーは?」
そう問いかけると、和乃はわてを見上げた。
「まだいません。」
「…へぇ」
悪い事を聞いた かな…?
大体どこの隊のヒトも入隊後訓練期間を終えたらすぐにパートナーがつくものなんだが。
(スヴェルなんかは免許取得さえしてりゃ訓練期間すら必要ないって奴も結構いるし)
「俺の和乃ならきっといいパートナーが見つかるさ。
それよりリゼンは倭より気温が低いんだ、向こうに車を待たせてるから早く行くぞ!
貴一、荷物を持ってやれ!」
「私なら大丈夫ですよ…もう子供じゃないのですから」
「………」
息子も付いてこれてないぞ、蛮乃…
わては地面に置かれたずっしりと重い鞄を抱え、さっさと和乃の手を引いて行ってしまっている蛮乃を追った。





「停めろ!!」
「ぎゃッ!」
「!」
山の中腹、突然の蛮乃の制止に運転手は思い切りブレーキを踏んだ。
後部座席で構えていた蛮乃は大した事はなかったが、
助手席に座っていたわては正面のガラスに強く頭をぶつけた。
蛮乃の隣に居た和乃も前のシートにぶつかっていた。
滅茶苦茶な…和乃も突然の事に呆然としている。
「な、何やねん!危ないやろ!」
「近くでスヴェルが暴れている…
お前はここで待っていろ、和乃」
蛮乃の感覚(勘ともいう)はわてらスヴェルよりも強い。
和乃と運転手を残して行こうとする蛮乃の腕を和乃が掴む。
「私も行かせてください」
「危険だ」
さっきまでの間抜け顔とは一変した蛮乃の真剣な表情。
和乃も真剣に蛮乃の顔を見つめる。
「私もスウィーパーです 覚悟は出来ています」
「……………なら来い
だが、俺が逃げろと言ったらすぐ逃げるように」
「はい」
和乃は腰の刀を強く握り締め、蛮乃の後に続いた。


「これが 大陸のスヴェル…!?」
なぎ倒された木々の中央に立つ蒼い竜のスヴェル。
体長は軽く4メートルを超えている。
刀を構えている和乃も、今まで見た事のない巨大なスヴェルに動揺が隠せない。
「駆除手配No.Liz-A-120ラクターヌや。駆除許可も出とる」
わてが蛮乃にそう告げると、蛮乃は背中の大剣を抜いた。
その刀身は蛮乃の古い友人であった獣型スヴェルの遺骨を削って作られたものだ。
わてはそのスヴェルを見た事はないが、とても巨大なスヴェルだったという。
「和乃、お前は落ち着いて自分の身を守る事だけを考えろ
貴一はいつも通り頼む」
「ああ」
「…了解しました」
ラクターヌの大きな金色の目がわてらを睨みつける。
わては鎌に貼られた一枚の札を剥がし、額に当てて氣を込める。
「隔離」
発動された術が札を中心に辺りを包み込み、ドーム状の結界が発生した。
術が発動している間は結界から出る事も外から侵入する事もできない。
辺りに被害を出さない為の配慮だ。

『リゼン地区スウィーパー隊隊長氷室蛮乃の権限でお前を駆除する』

わてが獣語でそう告げると、辺りの空気が変わる。
「来るで!」

わては二人を放って駆け出す。
それに釣られてラクターヌはわての方へ太い腕を振るった。
「盾」
その声に反応して鎌に貼られた術符が発動する。
わての後方に分厚い岩の壁が突き出し、ラクターヌの腕を食い止める。
「へへっ あっはははははは!!」

「(なんて危ない…)」
わての動きを見て和乃は思う。
倭国という島国には大陸のような巨大なスヴェルは居ない。
居てもせいぜい2メートルいくかいかないか。
相手が1体なら2人以上で行動しているスウィーパーの方が圧倒的に有利だ。
それに比べて大陸には建物の丈を越すような種族も居る。
日々そいつらと戦っていくわてらリゼンのスウィーパーはどんな任務にも命を懸けて臨んでいる。
軽蔑する訳ではないが、やはり大陸と島国では根本的に考え方が違うのだ。
「終わりや」
ラクターヌが丁度180度背後を向いた時、動きが止まった。
ラクターヌの肩に蛮乃が立ち、大剣でその首を落とす。
無駄に傷つけるような事はしない。一撃で葬ってやる。
例え罪のないヒトを何十、何百人も殺し、苦しめたスヴェルだったとしても
彼らを殺すわてらが殺しを楽しんではならない。憎悪の念で苦しめてはならない。
蛮乃はそう考え、このやり方を突き通している。
「来世の汝に幸多からん事を」
大剣を地面に突き立て、蛮乃は手を合わせた。
「……それにしても 竜が一匹でおるなんて…」
「うわッ!!」
「!!」
和乃の悲鳴に一斉に振り返った。
空高く舞った和乃の刀が地面に突き刺さる。
「和乃!逃げろ!!」
和乃のすぐ傍に立つラクターヌの半分ほどの大きさの竜。雌だ!
竜は大柄な雄よりも小柄な雌の方が攻撃的で戦闘能力が高い事が多い。
蛮乃は大剣をその場に放り、腰の和刀を抜いて駆け出す。
わても即座に術符を呼ぶが………

「ああああああッッ!!!」
「和乃!!」
竜の太い爪が和乃の左わき腹を抉る。
和乃はその場に膝を突き、その和乃と竜の間に蛮乃が立ちはだかった。
竜を強く睨みつけ、首に向けて刀を振るう。が、

ズドン、と鈍い音が響いた。

蛮乃の刀が弧を描き、竜の首と共に落ちる。
「そ…んな………」
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
蛮乃の体を突き抜け、背後に居た和乃までもを貫いた竜の鋭い爪と腕。
その腕が貫いたのは 蛮乃の腹と和乃の左胸。
「蛮乃!和乃!!」
わては急いで二人に駆け寄る。
蛮乃の方に息はあるが…和乃は………
「今治癒術を…!」
「…待て」
二枚の術符を手に取り、発動しようとしたわてを蛮乃が止めた。
「和乃だけでいい………」
「けど…!」
信じられない言葉。
このままならいくら蛮乃だって助からない
「俺を助ける為に お前が死ぬ事は許さない」
「…!」
故郷の村を出てから、誰にも話した事は無かったはずなのに。
わてが持つ『治癒』の能力はわての魂を他人に流し込んでその魂を活性化させ、
傷口の細胞や肉体と魂を繋ぐ『もの』を再構築するというもの。
今の二人のうち一人を助けるのに必要な魂は約半分…二人を助けようとすれば魂が尽きるのは必須。
わてはそれでもいいと思った。なのに…
「死ぬな」
「……ーッ…!」










目を覚ました和乃の体は、大きな傷痕を残したものの完全に回復していた。
だが、その和乃の前には父親の遺体。
和乃は竜に襲われた時よりも大きな悲鳴を上げ、泣き崩れた。
わてはそんな和乃を見まいと目を硬く瞑り、耳を塞いだ。

わてがもっと早く気付いていれば、わての術がもっと強ければ、今ならそう思えるが
この時のわては、弱い和乃への怒りを抑えるだけで精一杯だった。








「………貴一?」
返事のあと、黙り込んだわてを不審に思った和乃が声をかける。
「貴一!」
和乃は持っていたペンを放り出し、椅子が倒れたのも気にせずわてへ寄った。
脳内にいやな予感ばかりが過ぎる。
和乃はわての肩を揺すり、声を荒げた。
「(息をしていない!)」
机の電話に飛びつくように駆け寄り、震える指で番号を紡ぐ。
「(まだ死んではいけない!
亘理さんがあなたの迎えを待っているのに!)」

和乃とミシナの大治癒、度重なる治癒で削った魂。
生きていられるのもそう長くない、亘理にも二度と会えないだろうと覚悟していた。
わてはそれでもよかった。
蛮乃も和乃もわてに死ぬなと言ったが、人を救って死ねるなら本望だ。
天国でも地獄でも 胸を張って笑って突き進んでやる。


















「貴一!!」
「………………………」
わての手を握る温かい手。
天国でも地獄でもない。
覚えのある景色にニオイ……病院か………
「……亘理…?」
名前を呼ぶと、わての手を握る手に力が篭った。
「貴一!よかった…ほんまによかった、貴一…っ」
ぽたぽたとベッドに涙が落ちる。
「何で…わては…!」
勢いよく起き上がるが どこも体に異常がない
亘理はわてに抱きつき、声を上げて泣いた。
「彼女があなたに魂の半分を分け与えたのですよ」
亘理の髪を撫ぜていると いつもの冷静な声が耳に届く。
部屋の出入り口に立つ和乃に、廊下に集まっている隊員たち。
「…な…っお前……!」
肩を掴んで引き剥がし、声を荒げるが 亘理の顔を見て急に言葉が出なくなった。
正直わては村を出てスウィーパーになった時、もう村に戻る気は無かったし、
亘理には諦めて他の男と幸せになってくれる事を望んでいた。
2年前はあんな言い方をしたが、本当はわては亘理が言ったとおり、亘理を裏切っていたんだ。
それなのに………

「貴一。リゼン地区スウィーパー隊隊長の権限で本日よりあなたを副隊長から解任、
リゼン地区ノマンヴルの担当とします」

「…!!」
亘理も和乃のその言葉に目を見開き、振り返った。
ノマンヴル…わてと亘理の 故郷だ。
「2年前の今日から決めていた事です。
彼女を幸せにしてあげて下さい」








「と言いましたよね、貴一?」
和乃は机に両肘を突き、笑ってみせた。
「あははははは
いざ一緒に住み始めたら鬱陶しい言われて家追い出されてん!しばらく泊めてv」
「…………あなたは……」
首を傾げて手を合わせ、甘えた声で言うと和乃は頭を抱えた。

結局この後わては和乃のパートナー、リゼン地区スウィーパー隊副隊長に復帰。
バリバリ活躍し、リゼンに移住してきた亘理とも幸せな結婚生活を送っている。(と思う)