「っだめだ!眠れない!」
「うっせえ!」
夜、冷房のない自室は窓を開けていても生ぬるい暑さ。
唯一ある古い扇風機はじゃんけんに勝った同室のゼンさん(Dチーム副班長)の方に向いている。
首振り機能?壊れてるわ!
イライラが頂点に達して飛び起きると、隣のベッドで寝ていたゼンさんに怒られる。
「この時間シャワールームって使えましたっけ」
「寮のは閉まってる A棟行ってこい」
「行ってきます」
汗かいて気持ち悪いシャツと下着の替えと、タオルだけ持ってゴー。
だが

こわい!

夜の本部って静まり返ってて…
A棟は夜勤の人が居て電気もついてるんだが寮の暗さが…
しかも隣の棟には駆除したスヴェルの死体安置所とか、処刑場とかあるんだもんな…
オバケとか出てもおかしくない
それはもう確実に!
寝ている人たちの迷惑にならない程度にダッシュでB棟を出る。

不安を感じた寮や中庭と違ってA棟は普通に人が居て安心。
けどやっぱり夜独特の雰囲気はあるんだよな。
シャワールームも、何か…浴びてる時に後ろのドアの下の隙間から手が伸びてきて足首をガッと掴まれたり
上からオバケが覗いてたりするんじゃないかって。
「こんばんは」
脱衣所のロッカーの前で服を脱いでいると、後から入ってきた人に挨拶される。
「あ、こん…わっ!こんばんは!あ、いや、お疲れ様です!」
適当に挨拶しよー…と思って顔を上げると、そこに見えたのは隊長の姿!
思わず脱いだ服で股間を隠すが、……隊長、男だって。
「今まで仕事を?」
「いえ、眠れないんでちょっと…
隊長も今まで…?」
隊長と話!どうしよう、何話したらいいんだろう!!
「報告書等の確認に手間取りまして いつもはもう1時間は早く終わるんですよ」
もう1時間早く…ってそれでもまだ1時じゃないか。
「自室にも浴室はあるんですが、この時間では先に休んだ貴一を起こしてしまうので」
「お疲れ様です」
そんな時間まで働いて、朝もあんな早い時間から起きてんだよな。
…大変…って言ったら失礼かな
………すごい。
ブーツと靴下を脱いだ隊長の脚には古さや大きさ、形状も様々の傷痕がいくつも刻まれている。
俺が知ってる誰よりも多い。
何となく、隊長は怪我するイメージがなかったから正直驚いた。
シャツの中も、脚以上に多くの傷痕が。
女みたいに華奢なのに…
「………」
「先にどうぞ」
隊長よりも先にシャワーに入るのもどうか、と思って邪魔にならない所に立っていると
それに気付いた隊長が俺に言う。
「…あの その傷って…」
左胸のほぼ全体に至る傷痕。
最初背中だけかと思ったら胸側にもあって……
でも、こんなでかい傷ができるようなものが貫通したんなら死んでるよな?
何の怪我なんだろう…火傷、にしては綺麗だし
失礼とかを考えるより先に声に出してしまって 隊長が俺を真っ直ぐに見た。
怒られるか!?
素っ裸のまま覚悟するが、隊長はいつもと少し違った笑みを浮かべた。
少し、悲しそうな。
「スイマセン…先失礼します」
居た堪れなくなって一番近くの個室に駆け込む。

「竜に突かれたのですよ」
「え?」
隣の個室から隊長の声がする。
「初めてリゼンに来た時に。
倭国でも大陸と倭国のスヴェルの個体差については学んでいたはずなのに
根拠のない自信と好奇心で駆除に同行してしまったがために足を引っ張るだけでなく
前隊長である父に私を庇わせて殺し、私自身も命を落として…
貴一を犠牲にして生き延びた」
「……」
返す言葉が何も思いつかない
「絶対的な信頼を得ていた前隊長を失い、その原因となった私が後任に就いたことで
絶望、憤怒したこの国の何万もの隊員を失い
手配スヴェルへの対応が遅れ、さらに多くの罪のない命を失った」
隊長がこの隊の隊長に就任した時の話は班の人たちから聞いていたけど
みんな何か隠していたり、隊長を軽蔑するような言い方をしていて素直に聞く事ができなくて
どこかピンとこなかった。
けど…
「確か、以前私はあなたに己の力量を測り損ねないように…と注意しましたね」
「…はい」
「あなたはその頃の私ととても似ています
入隊できるはずのなかったあなたを例外的に受け入れたことで
もしあなたが命を落としたらと思うと「俺は死にません!」
シャワーの音に負けそうなくらいの小さな声で話す隊長。
その隊長との間に隔たる壁を殴り、力強く言うと、隊長の声は聞こえなくなった。
「俺は隊長とは違う」
「…そうですね 失礼な事を言って申し訳ない」
「俺には隊長がいます
俺は隊長の指示通りに動きます
隊長に死ねと命令されるまでは絶対に死にません」
スゲー失礼な事を言ってるってことは分かってる。
だけど、黙って聞いてるのは耐えられそうになかった。
「…ヤな事思い出させてスミマセン」
「こちらこそ 上司がこれでは駄目ですね
若い部下のあなたに向かって弱音を吐くなんて」
苦笑して言った隊長の言葉を聞いて、胸が苦しくなる。
「駄目じゃないっス
…あっ、ホラ どうしてもダメだってんなら俺のことは道端の野良犬だとか友達だとかでも思えば!」
「友達」
「あ スンマセン!図々しいこと…」
言うことをコロコロ変える俺。謝ってばっかりだ。
何してんの…
隣から隊長がくすくすと笑っているのが聞こえる。
「いえ、私とあなたが上司と部下としてではなく、ただの人間としてお会いできていたら
私もそうしたかった」
「………え」
…空耳?
そうしたかった…って、友達にってこと?
「私がいつかこの職を辞し、国に帰った時は
ただの人間の氷室和乃として、あなたに連絡差し上げてもよろしいですか」
そういえば、よくは知らないけど隊長って倭国のいい家の一人息子…なんだよな。
家を継ぐためにいつか国に帰らなきゃならないって聞いてた。
本当だったんだ。
「そん時は俺もついてっていいっスか……」
嬉しすぎる。隊長が俺をそんな風に思ってくれてたなんて!
叫んで踊り狂いたい所だが、ぐっと堪えて言う。
「メアリーさんはどうするのですか?」
「あっ…」





「うわキモッ」
俺が寮の部屋に戻ってきた物音でまた目を覚ましたゼンさんが
俺を見た途端言う。
嬉しすぎてにやけが止まらない。
「隊長に会いました」
「襲ってないだろうなこのホモ」
「なっ、んなことしてません!ホモじゃねーし!」
反論すると、ゼンさんは面倒臭そうに枕に顔を埋めた。
「ああ メアリーに惚れてたんだっけ」
「……え!?」
今普通に聞き流してベッドに入ろうとしたけど、何でゼンさんがそのことを知ってるんだ!?
驚くと、ゼンさんは俺のほうに人差し指を向ける。
「寝言酷いよ、お前
俺のメアリーちゃんを汚さないでくれる」
「俺何言ってたんすかー!!!
つかメアリーはゼンさんのものじゃないっス!」
「うるさい」
「うう…」




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